オチがなくてよい日記

思っていることをできるだけ取り繕わない形でかくばしょです。日記はむりなので週記くらいにしたい。

東方NEO POP STANDARDのライブレポート書くのを手伝って石鹸屋のライブレポートはフル尺で一旦書いた話

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https://touhougarakuta.com/index_interview/20_neopop_live_report/

 

 先日、東方我楽多叢誌さんに掲載になった「東方NEO POP STANDARD」のライブレポートを少しお手伝いしました。
(西河紅葉さんの見守りで僕も現地に行っていたので)
(あっなんかスッキリの天の声さんと南キャン山ちゃんの関係性で行くんですね)

 

 全体的にえふび~さんと「こここうした方が良いんじゃない~~~?」「この表現どうする~~~」「ここ思いつかないね~~~」みたいなやつをちょろちょろっとやりました。最終的に2万字位になったみたいですが、元々確かもっと書いてあった気がするのでえふび~くんやべえな。圧。

 

 で、えふび~くんから「お前、石鹸屋のオタクだったよなあ????????」と、圧をかけられたので「そうだが??????????????????」とはてなマークを倍にして返したら、なぜか石鹸屋パートを一旦全部書くことになってしまいました。どうして。

んでもって一旦書き始めたら「お前は石鹸屋だけで何文字書くつもりだ??????????」って文量になったので、一旦えふび~くんに渡していい感じに纒めてもらったのが、現在掲載中の石鹸屋パートになります。現在のヤツのほうが確実にスッキリしていて読みやすい。

 

 そんなこんなで、修正前の文章を此処に一旦残しとこうと思います。雑記程度にご覧頂ければ幸いです。

 


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 誰も居ない舞台に出囃子が流れ始める。「LIVE PHANTOM」。おなじみの曲に合わせて一人づつ、また一人づつヤツらが現れる。その片手にはコロナビール。ステージの上で交わす乾杯。

 これは弔いと祝いのさかづきだ。一つはこの場に集まることが果たせなかった者たちに対して。もう一つは、それでもこの場に、形が変わったとしても、集まりあえたことに。決して丸くはなりきれなかったこの場に捧げる杯の口には、満月(レモン)ではなく半月(ライム)が刺さる。

 

 

 「っっしゃあいくぞーーー!!」の叫びから始まるのは「無生命サーフェス」。

 もう嵐だ。一音目からいきなり疾風怒濤が吹いた。そうとしか言いようがなかった。

 「ギターの返しをもっとくださーーーい!!!」思わず秀三が叫ぶ。一撃目から火がついた彼らのサウンドは激しく暴力的で、その嵐に彼らすらも巻き込まれていた。初手から彼らはこの静岡に狂気の篝火を灯すことに成功したのだ。

 

 

(写真)

(秀三「石鹸屋あるあるその1、本番でテンションが上りすぎてリハと全然音が違う現象」)

 

 

 続けて始まる「化かせ八百八狸囃子」、ここは宴だ祭りだと言わんばかりの選曲に、コメント欄も「おどれや歌え」と文字で沸かす。

 Gt.小林ヒロトのギターソロ、そして「あと俺!」と秀三も入ってきてのツインギターシンクロに、滾らない男の子(性別とかじゃない、お前がこの音に男の子を感じたらもうお前は男の子なんだ)は居ない。こんなもん聞かされて俺たちは化かされて踊るしか無い、ストリーミングライオットを起こすしか無い、してやられ続けている。

 

 

 続く「リバース・デス」、で秀三はサビを歌わない。

 

「をーギロオデイの陰 をーギロオデイよ見」

 ライブではこのパートはフロアが叫ぶものだ。目の前の誰も居ないフロアを見てそれを行うボーカリストは愚かなのか?いや違う、彼は完全にフロアを見ていた。コメント欄というフロアをはっきりと見た。絶対に帰ってくるという確信を持ってして、3曲目に漸くサビをフロアに委ねたのだ。

 

 

 無観客になる前からこのセットリストを組んでいたという。即殺セット。ウィルスに冒される前に我々のことを始末してくれるそうだ、なんと有り難いことか。

 「(今日の演奏は)今は効かないですけど100日後にはコロナにきくようになってます」とは秀三の弁、生かして殺して、もう好きにして欲しい。

 

 

 「地獄の端にて君を待つ」では、僕は初めて配信ライブというものの特異性を見つけた。それは、絶対にフロアの人間からは見れない画角を、高い解像度で体験できることだ。

 この曲の2番Aメロは、演奏が静かになり、秀三の歌い上げが非常に映えるパート。ぼくはここが、ある意味、ボーカルのソロパートだと思っていた。でも違う、コレはボーカルとドラムの会話だったのだ。秀三とhellnianは明らかにサウンドで会話をしている。それを内山のベースがしっかりと支える。その画角を抜いたこのカメラワークに、僕は強い感謝を述べたい。

 この曲には本当にメンバーそれぞれに見せ場がある。サビ後のDr.hellnianのタムロール、それに呼応するBa.内山のベースライン(社長殺しーずの殺し合いだ)、あからさまに“エロい”としか言いようがないGt.小林のソロパート、そして秀三の伸びやかな歌い上げ。それぞれを集中してみることの出来るこのカメラワークこそ、実は配信だけが享受できる、「特権」なのかも知れない。

 

 「デカルトの向こう側へ」では、彼らは画面の前に手拍子を求める。この短時間でこのバンドはストリーミングライブを完全にモノにした。モノにした?いや、コメント欄をフロアから「ハコ」に変えたんじゃないか?

 『エモエモだね……』

 『エモじゃねえ!ロックだ!』

 コメント欄で、こんな風景を見た。前者のコメントをする彼は、もしかしたら石鹸屋について詳しくはないのかもしれない。それに対してライブ勢が応える、慣れていない人間には明らかにタダのマウントに見えてしまうかも知れない、でもそうじゃないんだ。こんなやりとり、俺はライブのハコでしか見たこと無いんだ。それがコメント欄で見れること、ステージのアクトに対してフロアは最高の盛り上げで応える、そうして一つのライブが出来上がる、一つのハコを揺らすんだ。



 「(フロアにお客が居なくて、対バン相手しか居ないこの状況が)我々にとってはひどく懐かしいものに感じますね」、そう言える彼らの東方サークルとしてのキャリアは、言わずもがなこのライブで最も古株だ。

 でも彼らはロートルじゃない。常に全力だ。そうじゃなきゃこんなにライブのテンポは上がらない。いや、違う、全力の出し方しか知らないんだ。りんごを優しく握ることが出来ない、0と1でしか無いのかも知れない、でもそれこそがロックなんじゃないのか?

 こんなに楽しそうに彼らはロックをやる。

 

 「ってゐ!!」のかごめかごめパートで、バンドと、実際のフロアと、コメント欄というフロアは完全に一体化した。フロアも大声で叫び、なんと「画面の向こうの奴ら」も大合唱だ!あまりにも大合唱だったから、その音が秀三の声帯を通してウィスパーボイスで聞こえてきたくらいだ。

 コレがこの「ってゐ!!」って曲の良さなんだ、みんないっしょに手を上げて、ロックが出来る。

 

 既に俺たちは殺されて生かされてもう1ループして、もう何が何だか分からない、そんなところにドロップされる「さっきゅんライト」が、俺たちを完全な夜空に導くことは、その“ハコ”にいる全員が理解していたに違いない。

 前から思っていたが、現体制の石鹸屋は、現行の東方アレンジサークルの中で、もしかしたら最も「治安が悪い」可能性がある。ギャングみたいなバンドだ。東方で一番古い生音のバンドが、今でも最高に悪くて渋くてカッコいい音を出し続けていることを、改めて俺たちは見つめ直さないといけないんじゃないか?

 

 『瀟洒瀟洒瀟洒瀟洒!!瀟洒瀟洒瀟洒瀟洒!!』
 『瀟洒瀟洒瀟洒瀟洒!!瀟洒瀟洒瀟洒瀟洒!!』
 『瀟洒瀟洒瀟洒瀟洒!!瀟洒瀟洒瀟洒瀟洒!!』
 『瀟洒瀟洒瀟洒瀟洒!!瀟洒瀟洒瀟洒瀟洒!!』

 

 こんな弾幕、2020年にもなって見られるなんて思わなかった。

 

 石鹸屋に関しては、ハッキリ言って現地の記憶がない。当たり前だ、10tトラックに轢かれたようなもんだ。そんなアクトをぶつけられて何が残るっていうんだ?レポート書く時にアーカイブが残っていて本当に本当に良かったと再生したら、Youtubeにも10tトラックは突っ込んでいた。なんなんだこのバンド。

 彼らは間違いなくこのストリーミングを破壊し、ライオットを起こさせた。ひでえ話だ、一番歴がなげえサークルが一番爪痕を残していきやがった。ああ、でもそうだったわ、関係ないんだよなそういう事。

 

 石鹸屋ってそういう奴らなんだよ。だからどうしても好きなんだ。